池田ろひ プロフィール

1967年に神奈川県の郡部に生まれる。

生まれた時には既に父はなく、5人兄妹の末っ子の母に女手1つで育てられる。
幼少期にはよく、タバコ屋を営む祖父が店番をしながら膝の上で面倒を見てくれた。

大学卒業後、本当は雑誌社に行きたかったが腕試しに受けた通販会社(年商100億規模)が面白そうだったためこちらに就職。

ちょうど通販業界は高度成長期。
21年間のサラリーマン時代にジャパネットたかたとの販売合戦、親会社の倒産、楽天の創業期の三木谷氏との接点、ケンコーコム社長との出会いなど、貴重な経験を積む。

商品の受発注や倉庫の在庫管理の下積み時代を経て、総務へ。その後、業界の花形であるバイヤー職となることが実現し、大手家電メーカー複数社を担当。取扱高は常に社内No.1だった。

役職も付きそれなりにサラリーマン生活を楽しんでいたが、会社員としてできることの限界を感じたため2012年8月に会社を退職、10月に独立起業。

1年目は他企業のコンサル業をする傍ら独自のネットショップの青写真を設計、9月にネットショップをスタート。

翌月、最初に手がけたパネルヒーターが大ヒット。楽天にも出店し、楽天市場単月で月商1,000万円を達成。

ネットショップ開業2年目には年商1億円を達成し、以降6年間この水準を維持している。

プライベートでは息子のサッカーチームのコーチも担当し、家族とのゆとりの時間を大切にしている。

プロバイヤー池田ろひの誕生秘話

1967年神奈川県(郡部)生まれ。
母親は5人兄弟の末っ子で、生まれた時には既に父はなく、女手1つで育てられる。

祖父がタバコ屋をしていたので、幼少期には祖父の膝の上で一緒に店番をしていた。

小学校2年生までは五右衛門風呂という、昭和でも珍しい環境ですくすくと成長。

もともと足が速く、
小学校時代には、後にJリーガー、競輪選手になるようなアスリート組と競争していた。
その流れで中学時代は陸上部に入る。

生徒会の役員も務め、人のとりまとめをする経験。


高校は進学校に入学し、陸上部は継続。

引退後はバンド活動にも注力。

大学受験で失敗し、初めての挫折を味わう。
浪人を経験して翌年に無事合格。

経済学部に進学し、アルバイト三昧。
大学には週に2日しか行かなかった。


車が欲しくなり、
奨学金をもらえないかと探しまくり、110万円を作ってなんとかホンダのシビックを新車で購入。
(返済が必要な奨学金で、大学卒業後10年かけて返済。)

そんな大学生活を過ごしながら、いよいよ就職活動の道へ。

当時(1990年)はまだバブルが崩壊する前で、日本国内はイケイケドンドンの雰囲気。

・カバンメーカー
・日本マランツ
・通販会社

の3社のみ受験し、見事全て合格。
結果的には通販会社への道を選ぶ。

 


ルート営業はしたくないけれど、
レコードショップ&本屋でのアルバイトの経験もあり、もともと雑誌社に興味があった。

当時、アスクルのようなカタログ販売をすると、
カタログの送料が結構高くついたが、
雑誌という形だと安く配送できる。

ところが、広告の割合が多いと
雑誌として成立しないため、
半分以上は「記事」を入れる必要がある。


そんな企画を進めていたのが、この会社だった。

  • 企画の仕事がやりたかった
  • 雑誌系の仕事に携われ
  • お金だけを追いかけるのは嫌だった

という理由でこの会社を選択。



入社した通販会社は、
飛ぶ鳥を落とす勢いで年商100億円の規模にまで成長。

華やかなイメージとは裏腹に、命じられた仕事は商品の受発注や倉庫の在庫管理。

本社は原宿にあり、勤務地は初台だった。

とりあえず、与えられた仕事を無我夢中でこなす日々が続く・・・。



地道な仕事をこなして結果を出したことにより、本社勤務となり、総務に移動となった。

その後は会社の役員のお世話係的な仕事を任され、晴れて商品企画部に入ることができた。

ところが、2000年に起きた親会社の系列百貨店の経営破綻の影響で、会社も経営難に。

別の会社に吸収されることになる。



新しい体制のもと、
当時やはり勢いのあった「ジャパネットタカタ」と電子手帳の販売合戦を経験する。

テレビショッピングの販売現場でプロの役者と出くわしたことにより、この世界での猛者の凄さを実感。

そして2000年以降のインターネット黎明期。
今では会社でパソコンを1人1台持つのは当たり前だが、当時はまだ複数人で共有していた。



そんな中、自分で黒のMacBookを購入し、会社に持ち込んで仕事をしていた。

この時代にはまだベンチャーだった楽天の三木谷社長が出店の営業に来られたり、通販大手のケンコーコムの社長さんとの出会いなど、大物達との接点も生まれた。

このような形で、サラリーマンとして1社に21年間身を捧げる。

親会社が変わったことにより、社内でできることの限界を感じたことにより、いよいよ独立起業を決心することに。



まずは中堅メーカーの営業コンサルとして事業を開始。

生粋のバイヤー気質からなのか、そのうち自らそのメーカーの商品を仕入れ、売ることを決意。
初期の仕入れ費用は妻からもかき集め、とにかく決めてからの行動は早かった。

2013年8月にヒーターの仕入れを決意し、9月には自社のネットショップを開業。

2013年9月、最初に手がけたヒーターが大ヒット。決してまぐれ当たりではなくこれまでに蓄積してきた経験をもとに目論みはあった。


2013年10月、楽天に出店し、
その翌月に月商1,000万達成

その利益で妻への借金を完済し、
翌年には年商1億円を達成

その後、6年間、決してビジネスを拡大するわけではなく、「いかに長期的に安定するか」を優先して事業を継続。



基本的に家族第一、妻が調子が悪い時は料理も作るし、子供のサッカーチームのコーチも担当。

それはやはり、これまでの人生の中で、

「経済的自立」「社会的自立」「時間的自立」

という「3つの自立」のバランスが大事なのだと気づかされたから。



会社を上場させたり大企業にまで成長させるというものは夢のあることかもしれない。

しかし、犠牲にしなければならないことも沢山ある。その様子を垣間見てきた。

物販というビジネスをしっかりと事業化できれば、ロバート・キヨサキ著の「金持ち父さん貧乏父さん」でいうところの「ビジネスオーナー」のポジションにはシフトしやすい。

これが、今ロイがお伝えしたいこと。

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